三澤則行さんは、東京・荒川区に工房を構える靴職人であり、アーティストです。ドイツの国際コンテストでの金メダルや宮内庁への納品など、経歴も受賞歴も本当にすごい人物なんです!
そして2026年10月3日スタートのドラマ『はだかんぼうたち』(テレビ朝日系)では、主演の松田元太さんに靴作りを指導したことでも注目を集めています。
この記事では、三澤さんが靴職人を志したきっかけやウィーンでの修業時代、世界が認めた受賞歴、代表作、さらに松田元太さんとの関わりまで、公式プロフィールや本人のインタビューをもとに詳しくまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
ドラマ『はだかんぼうたち』で注目の靴職人・三澤則行とは?
『はだかんぼうたち』は、直木賞作家・江國香織さんの長編小説を初めて映像化した恋愛群像劇です。テレビ朝日の「オシドラサタデー」枠で毎週土曜23時に放送され、松田元太さん(Travis Japan)にとってはテレビ朝日のドラマ初主演作となります。
松田さんが演じるのは、オーダーメイドの靴工房に勤める靴職人・鯖崎涼。その「靴職人としての説得力」を支えたのが、“世界一の靴職人”と紹介される三澤則行さんでした。
三澤さんは事前の技術指導だけでなく、靴製作監修・所作指導として撮影にも参加しています。

ドラマのが大好きな私としては、こういう裏話を知ると作品を見る目がぐっと変わります!
三澤則行の経歴|靴職人になったきっかけ
今や世界で活躍する三澤さんですが、もともとは靴作りとは無縁の大学生でした。生い立ちから職人の道を歩み始めるまでを見ていきましょう。
1980年生まれ・宮城県出身の生い立ち
三澤則行さんは1980年生まれ、宮城県出身です。幼い頃から母親の影響で美術画集に囲まれて育ち、工作や絵画に没頭する少年時代を過ごしました。
また、大学時代にはスニーカーを100足ほど持つほどの靴好きで、HIPHOPにのめり込んでDJをしていた時期もあったそうです。意外な一面ですよね!出身大学は、仙台市の東北学院大学(文学部英文学科)です。
大学3年生で出合った「靴の美しさ」
転機は大学3年生のときでした。通学路に海外の高級靴を扱うお店がオープンし、並ぶ革靴の美しさに衝撃を受けたそうです。
三澤さんには、それが靴というより「芸術品」に見えたといいます。さらにお店の方に「靴も作れるよ」と教えられたことが、職人を志すきっかけになりました。
とはいえ、ご両親には猛反対されたそうです。そこで三澤さんは、大学を首席で卒業すると宣言し、本当に首席で卒業して本気度を認めてもらいました。

有言実行、すごすぎます!言葉だけではなくきちんと結果で示した姿勢に私も思わず胸が熱くなりました。
浅草で学び、職人の道へ
三澤さんは上京前の1年間、靴量販店で働き、スニーカーから革靴まで幅広い靴に触れました。そして2003年に上京し、靴作りの中心地・浅草へ。靴作りの学校で2年間基礎を学んだ後、浅草の靴工房で約4年間、職人として腕を磨いています。
しかし、下積み時代は決して楽ではありませんでした。給料は高くなく、同級生から心ない言葉をかけられたこともあり、辞めようと思った日は毎日のようにあったと振り返っています。

私も初めての職場で、同期に置いて行かれて実績も残せずつらい思いをしたことがあったので、現場で一から覚える大変さは少し分かります。
そんな中、28歳でRHYMESTERの宇多丸さんと出会って靴を製作し、ブログで「5年後の巨匠」と紹介されたことが大きな励みになったそうです。
なぜウィーンへ渡った?約10年の修業時代
三澤さんは東京とオーストリア・ウィーンで、合わせて約10年間の修業を積みました。では、なぜ独立を目前にして海外へ渡ったのでしょうか。
「自分の靴にオリジナリティがない」と感じた
独立を考え始めた三澤さんですが、与えられたデザイン通りに作るばかりで、自分でデザインすることはほとんどなかったそうです。
そのため「自分の靴にはオリジナリティがない。このまま独立しても、お客さまは来てくれないだろう」と感じ、ウィーンで学ぶことを決意しました。

それまで飛行機に乗ったことすらなかったというから驚きです!
そして行動力が本当にすごいです!
伝統的な靴作りと、美術からの刺激
ウィーンでは紹介状を持って工房を訪ねたものの、「君、誰?」という反応だったそうです。そこで三澤さんはその場で腕前を見せて合格し、見習いから再スタートを切りました。

日本でのキャリアがあっても、また一からの挑戦。その覚悟がすごいですよね。
滞在は2年弱で、伝統的な靴工房で働きながら、前衛的な靴デザイナーのもとでサンプル制作も手伝っていました。さらに空き時間には毎日のように美術館へ通い、クリムトの作品から金箔やエジプト芸術を学んだといいます。

現場で学べることをとことん学び、今ある環境ですべてを吸収しようとしている姿に感動します。なかなかできない努力ですよね。
ウィーンの経験が「靴アート」につながった
そんなある日、三澤さんは美術展で、革を染めて凹凸をつけ、絵を描いた芸術作品に出会いました。そして「靴も芸術作品にできるんじゃないか?」と、自分の道が開けた感覚を得たそうです。

このひらめき、道が開けるってすごいですね!
神様も見方してくれたかのような素敵な直感ですね!
2011年に帰国した三澤さんは、東京・荒川区に工房を構えました。その後も、皮革工芸作家の猪俣伊治郎さんから革を金箔で彩る「金彩革」の技法を学ぶなど、研鑽を重ねています。

ウィーンで得た気づきこそ、職人とアーティストの二刀流の原点だったんですね。
受賞歴がすごい!世界が認めた実績
三澤則行さんの受賞歴は、ドイツ、日本、アメリカと世界にまたがっています。主な受賞を年代順に紹介します。
2010年|ドイツ国際靴職人技能コンテストで金メダル・名誉賞
ウィーン修業中の2010年、ドイツ国際靴職人技能コンテストで金メダルと名誉賞を同時受賞しました。
名誉賞は最高賞とも報じられており、修業中の身でつかんだ快挙です。この受賞の後、三澤さんは帰国と独立を決めています。
2015年|日本革工芸展で文部科学大臣賞
2015年には、第33回日本革工芸展で「文部科学大臣賞」を受賞しました。
ところが、満を持して開いた個展は思うような反響を得られず、大きなショックを受けたそうです。
それでもニューヨークで作品が絶賛され、2017年には現地で個展を開催。同年のカンヌ国際映画祭に合わせた展示では、スパイク・リー監督や俳優のエイドリアン・ブロディさんから靴の注文を受けました。
「カンヌで全てが変わりました。」
引用:レペゼン「あの人も実はヒップホップ」三澤則行さんインタビュー

一度つまずいても走り続けた三澤さんの姿が、ゴールを目指して粘って走るランナーと重なって見えました。
2022年・2023年|GLOBAL FOOTWEAR AWARDSで総合優勝
アメリカの国際コンクール「GLOBAL FOOTWEAR AWARDS」では、作品「足の巣」で日本人初の総合優勝(BEST OVERALL WINNER)を果たしました。
世界53カ国からエントリーがあった大会での快挙です。公式プロフィールによると、総合優勝は2度に及びます(大会の回によって受賞年の表記が異なります)。
2025年|International Design Awardsで金賞・銅賞
さらに、世界70カ国以上から応募が集まる「International Design Awards 2025」で金賞と銅賞を受賞しました。金賞に輝いたのは「ホルンの靴(MUSIC Ⅵ ~ホルン~)」です。

挫折を乗り越えるたびに評価が広がっていったのが、よく分かりますね。
宮内庁にも靴を納めている
三澤さんの実績は、コンテストだけではありません。皇室や国家的なイベントにも、その技術が生かされてきました。
2018年からの宮内庁への納品実績
三澤さんは2018年から宮内庁に靴を納めています。

一人ひとりの足に合わせる職人技が、最高峰の場で信頼されている証ですね。
伊勢神宮「親謁の儀」にも納品
2019年には、伊勢神宮「親謁の儀」に納品しています。

歴史的な儀式に関わる仕事を任されるのは、職人として大きな誇りでしょう。
天皇皇后両陛下から「御紋付銀手釦」を賜る
そして2020年7月30日、天皇皇后両陛下から「御紋付銀手釦」を賜りました。
三澤さんは公式サイトで、これからも製作に励み、期待に添える靴を届けられるよう尽力したいと決意をつづっています。
東京2020オリンピック開会式へも靴を提供
2021年には、東京2020オリンピック開会式で披露された、タップダンサー・熊谷和徳さんのソロパフォーマンスに靴を提供しました。

世界中が注目した舞台の足元に三澤さんの靴があったなんて、驚きました!
どんな靴・作品を作っている?
三澤さんの靴は、実際に履くための「ビスポーク靴」と、鑑賞するための「靴アート」の大きく2つに分けられます。どちらも同じ職人の手から生まれているんです。
一人ひとりの足に合わせるビスポーク靴
ビスポーク靴とは、顧客の足を採寸し、専用の木型を作って仕立てるオーダーメイドの靴のこと。
三澤さんは、150年以上前から続く古典的な製法で手作りしています。オーダーの際は、お客さんと話しながらその場でデザイン画を描き、イメージを共有していくそうです。製作実績には、スパイク・リー監督やパク・チャヌク監督、工業デザイナーのシド・ミードさんなど、そうそうたる顔ぶれが並びます。
代表作「足の巣」とは?
代表作「足の巣」は、コロナ禍の2020年に生まれた作品です。
人々が外出しなくなり、「靴を履かなくなること」に不安を感じた三澤さんは、「巣ごもり」という言葉と、子どもの頃に流行ったアリのテラリウムから着想を得ました。ヒール用の革を幾重にも積み重ね、足のまわりの空間そのものを形にしています。

家の中で足を入れるだけでいい、という逆転の発想ですね。
「ホルンの靴」が国際デザイン賞で金賞
一方「ホルンの靴」は、銀座の画材店・月光荘から、トレードマークである楽器のホルンを題材にした靴を依頼されて生まれました。
最初の案はあまり喜んでもらえず、根本から考え直してデザイン画を100枚以上描き直したそうです。ホルンの管のようにウェルト部分に空洞を設け、未着色のヌメ革で実際に履ける靴に仕上げています。
現在は東京・荒川を拠点に活動
現在も荒川区を拠点に、ビスポーク靴の制作と作品づくりを続けています。また、靴教室「The Shoemaker’s Class」では、2013年から300人以上に靴作りを教えてきました。
近年は日本の履物にも目を向け、岩手県遠野市のわらじ作りの名人のもとで学んだそうです。2025年の大阪・関西万博では、「畳」や「波」といった作品も発表しました。

私も以前、遠野を訪れたことがあったので、この地名を聞いたときは、思わずうれしくなりました。
松田元太さんとの関係|『はだかんぼうたち』での関わり
ここからは、ドラマ『はだかんぼうたち』での三澤さんと松田元太さんの関わりを詳しく見ていきます。
松田元太さんが工房で靴作りを猛特訓
松田元太さんは、鯖崎が見せる「プロの靴職人」としての手元や佇まいを表現するため、クランクイン前に三澤さんの工房を訪れました。
劇中で着用するエプロンを身にまとって教わったのは、採寸や木型の削り出し、革の裁断、アッパー(甲革)の縫製など、いくつもの繊細な工程を経て一足を仕上げる、伝統的な手仕事による革靴作りです。
「実際の靴作りの工程を一つひとつ丁寧に教えていただき、とても興奮しました」
引用:クランクイン!
専用工具「ワニ」の扱いや釣り込みを指導
特に力を入れたのが、木型に革を張り合わせる「釣り込み」の工程です。
松田さんは、専用工具「ワニ」の扱い方から、革の引っ張り方、くぎの打ち込み方まで、マンツーマンで指導を受けました。そして修業の最後には、三澤さんが製作した世界に一つだけのオーダーメイドシューズがサプライズで贈られたそうです。

友情だけではない、師匠と弟子の関係ような、素敵なエピソードですよね!
靴製作監修・所作指導でドラマ撮影にも参加
さらに三澤さんは、靴製作監修・所作指導としてドラマ本編の撮影にも参加しています。
松田さんも「先生の手先や目つき、座っているときの雰囲気も吸収して、自分なりに体現できたら」と意気込みを語っており、職人の手元の説得力に期待が高まります。
「想像以上に器用」と三澤さん本人も驚き
指導にあたった三澤さんは、松田さんの初心者とは思えないセンスに驚いたそうです。
「想像以上に器用でした。特に『ワニ』という工具を、あそこまで使いこなせるとは思っていませんでした」
引用:クランクイン!

世界的な職人に認められるほどの器用さ、本当にすごいですね!本気で何かに向き合う師弟の姿って、それだけで感動します。
まとめ|三澤則行は世界が認める靴職人・アーティスト
三澤則行さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
・1980年生まれ、宮城県出身。大学3年生で靴の美しさに魅せられ、首席で卒業して職人の道へ
・浅草とウィーンで約10年修業し、2011年に東京・荒川区で独立
・ドイツの国際コンテストで金メダル・名誉賞、GLOBAL FOOTWEAR AWARDSで日本人初の総合優勝など受賞多数
・宮内庁への納品や「御紋付銀手釦」拝受、東京2020への靴提供も
・代表作は「足の巣」や「ホルンの靴」。ビスポーク靴と靴アートの二刀流
・『はだかんぼうたち』で松田元太さんに靴作りを指導し、撮影にも参加
「オリジナリティがない」と悩み、個展の不振にも落ち込んだ一人の青年が、世界に認められる靴職人になった道のりには胸が熱くなりました。
ドラマで松田元太さんが見せる手元にも、三澤さんの技と想いが息づいているはず。放送が本当に楽しみですよね!
三澤則行さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

